子どもが生まれて−民報サロン寄稿文3/5
子どもが生まれて
子供が生まれたことで、初めて知ったことがたくさんある。
妻にもたまに話すのだが、正直子供が生まれるまでは自分がどんな父親になるのか、想像がつかないほどだった。ところが、長女を初めて抱っこした瞬間に、あの時にしか感じたことがない、言葉で表すことができないような深い感情を知った。元気に生まれてきてくれることが当たり前ではないことを知った。それからというもの、今でもずっと”初めて”の連続だ。小さい体でオムツを大量に消費すること、夜泣きの切なさ、離乳食の準備の大変さ、それまで休日の楽しみだった趣味に割く時間さえなくなること。あげ出したらキリがないほど忙しいのに、子ども達が狂おしいほど愛おしい。
寝かしつけで毎晩最低3冊以上の絵本を読む人生になるとは思っていなかったし、娘のヘアアレンジを毎日楽しむ生活が来るなんてことも知らなかった。親バカすぎて自分自身で「こんな自分がいたのか」ということに初めて気付いた。笑 二〇代前半の頃に知り合った妻からしても意外だったかもしれない。
同時に、月並みだが、自分を育ててくれた家族にもそれまでとは違った感謝の気持ちも持つことができた。幼少期の自分は、落ち着きがなく、遊び回ってはしょっちゅう怪我をしていたので、きっとヒヤヒヤしていたはずだ。小学5年の時に始めたバスケのおかげで、初めて熱中することを見つけることができた。学生時代も勉強も特別できた訳でもなく、色々と心配をかけていたと思う。それでも、当の本人としては何不自由なく青春をおおいに楽しませてもらっていた。自分が親になると、あの生活ができていたことのありがたみを改めて感じた。(注)
他にも、時間が過ぎる体感速度も変わり、家族で過ごす時間の希少さを感じるようになった。子供達は、毎日毎日ものすごいスピードで成長している。娘はちょっと前までハイハイしていたと思ったら、今では生活のほとんどのことは自分でできるようになった。絵本も一人で黙読してるし、雲梯もできるようになった。息子は最近生まれたばかりで、体もふにゃふにゃで、寝るか泣くか、ミルクを飲むか、また寝るか、だったくせに、今ではうつ伏せをしながらニコニコしている。このまま油断していると、ふと気づいた頃には、娘はいきなり俺の知らない奴と結婚して外国に移住するかもしれないし、息子は宇宙飛行士になって火星に行くかもしれない。それぞれが幸せになってくれればいいものの、そうなるといつ会えなくなるかわからないので、一緒に過ごせる今の時間を大切にしなくてはと思い、できる限り家族の時間を増やしている。さらに、時間があっという間に過ぎてしまうからこそ、写真に収めて飾っている。
私生活だけでなく、仕事にも大きく影響している。実際に親の目線を知ったことで、子ども達への接し方が変わったり、親御様の気持ちをより理解できるようになったりした。何より、自分に子どもがいなかったら、写真自体も今の雰囲気とは変わっていただろう。また、前述の通り、子ども達との時間の大切さを実感しているからこそ、節目ごとの記念写真を残すこと、データだけにとどめずにカタチにすることを本心でおすすめできる。(実体験として、小学四年の頃に、父が撮った私の写真を額に入れて飾ってくれたのを見て嬉しかったのを覚えている。だからこそ、我が子に対してもそうすることにしているし、皆さんにもぜひ実践してほしい!)
もし仮にこの仕事をしていなかったとしたら、今も工場での仕事を続けていたかもしれない。または、海外を回り続けてとんでもない経験をたくさんしていたかもしれない。でも、今のこの幸せは噛み締めることはなかっただろう。派手に何かをするのもいいかもしれないが、普通に過ごして、笑っていられるだけでも本来は十分なのかもしれないと子ども達が教えてくれた。
福島民報社 2026年2月18日付け 民報サロンに掲載 寄稿原文
※福島民報社にweb掲載許可の確認済み
(注釈)紙面では文字数制限により「同時に〜改めて感じた。」の段落が削除されました。













































